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SHAKEN

2022. 12. 16. Fri.


Macintoshを手にしたのは1994か5年ごろだった。まだデザイン業界がDTPに移行する前だったが、確実にその波は来るだろうということは誰の目にも明らかだった。当時は、デザインと「版下」と呼ばれる印刷の元になる原稿を制作するチームは別で分業していた。だから微妙なニュアンスが伝わらない、というようなことが頻繁にあって、デザイナー同様のセンスを求められていた。それがPCを使えば自分の感覚で版下が作れる。当時勤めていた事務所にもMacは一台置いていて、デザインパーツの作成とか、オリジナルのフォントを作ったりして遊んでいた。といってもフォントデータと呼べるようなものではなく、ただのベクターデータだけど)。
それである日とうとうMacを買おうと決めた。決めたものの、アップライドに着いて何を買えばいいのかさっぱり分からない僕は、目に入ったApple Macintosh Centris 650を買った。その時代の上位機種がMacintosh Quadraで凡そ100万円くらいだった。それに比べてCentris 650ははるかに安かった。とはいえ、薄給の身としては十分に高い買い物だったけど。

版下時代のこと。
僕は写研信者だった。それは今も変わらない。もちろん高価なモリサワの写植書体も好きだったけど、福岡市内の一般的な写植屋さんの多くが写研の書体を扱っていて基本の本文組は写研の書体と相場が決まっていた。そして石井ゴシック、石井明朝に代表される写研の書体は、「普通だけど普通じゃない」と言ったデザインの真髄を体現するような書体だった。「愛のあるユニークで豊かな書体」という書体見本のコピーにもあるとおり、とにかくタフでクールでヒューマンタッチだった。例えば、石井ゴシックのひらがな「た」「な」「の」は、言葉を失くすほど美しく、絶妙な骨格を備えた唯一無二の書体だと思う。

自ら待ち望んだとはいえ、DTPの到来で一番不安を感じていたのが「書体・フォント」の問題だった。これは否応なく誰もが経験した強烈なジレンマだったに違いない。ロ○ンやマ○ィスに悶絶するほど嫌気がさし、予算を持ってくる営業や事務所の社長に懇願しては、見出しに使う石井ゴシックや明朝をバラ打ちしたりしていた。

とにかく何が許せなかったというと、その当時に出てきたフォントがほぼイマイチだったことだ。写研のゴナを捩ったようなモリサワの新ゴ。リュウミン。ゴシックBBB。….あれってどういう気分で作ったんだろう。って当時は本気で思っていて、DTPに移行するとクオリティが低下するんだなあ、しかもそれって許されるんだなあ、というのが僕のDTPへのイメージです。これは今も変わらない印象。

2000年代に入ってからは、景気が低迷していて、写植を外注する予算のある仕事など皆無だったし、そもそもその必要性すら忘れ去られてしまった。突貫で作られたようなチープなフォントに皆毒されてしまったのだ。とうとうDTPは写植からFONTに取って代わった。それは僕が考えていた以上に一瞬の出来事だった。それから以降、デザインはどうなったか?説明するまでも無い。一番辟易したのは、ゴシックB○Bを使って字間(トラッキング)を馬鹿みたいに開けたキャッチコピーや本文組だった。あれは一体何が美しいんだい?

2016年、世紀の発見をした。それは僕にとってフォント問題におけるストレスを大幅に軽減する画期的な出来事だった。MacのOSに自動的にインストールされていたフォントの中に韓国か中国製のものがあって、そのフォントに石井ゴシックをトレースしたような和文書体がパッケージされていた。所謂、石井の中ゴシックと太ゴシックだった。残念ながら明朝は見当たらない。早速僕は、この和文フォントを元に合成フォントを作成した。これ以降、僕の仕事にこ○りなゴシックを使うことは無くなった。合成フォントの内訳を少し紹介すると、「かな」は例の韓国製の書体(探してみてください。それが醍醐味というものです)。漢字は「筑紫ゴシック」。半角英数字は「Trade Gothic」などなど。句読点「、」「。」はこれ、「!?」はこれ。「()」はこれ、、、などかなり細かく割り振っている。
漢字の「筑紫ゴシック」はもう妥協中の妥協。一番いいのは石井ゴシックの漢字なのだが、これはまあ、無理な話。モリサワのMBとかとも合わせたけど、抑揚のない縦横の線がフラットすぎてダメ。といっても他に合うのもないし、仕方なく…と言う感じで使っている。(写真は縦組の合成フォントを作っている様子)

これまで何度となく写研からデジタルフォントがリリースされるという噂があった。動画は11年前の『写研「OpenTypeフォント」デモ』。これを見た時は、リリースはもう間近だと期待したものだ。しかし待てど暮らせど写研からデジタルフォントはリリースされなかった。


そして2022年11月24日のプレスリリース。 https://www.morisawa.co.jp/about/news/8693

デザイン業界がDTPに移行しておよそ30年。写研がデジタルフォントをリリースするのをどれほど待ち望んだことか!到底筆舌に尽くしがたい。2024年、ようやく悲願だった写研のフォントが拝める。僕は水を得た魚のようにデザインするのを楽しむはずだ(特に編集もの)。長きにわたるフォントストレスが終焉する日を今から楽しみに待ちたい。

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