
今日、目黒先生に会った。 生の松原こどもスコーレでお話しした以来だから凡そ半年振りだろうか。
来月一日、天神にオープンするRethink Booksのレセプションの招待客として、その場に居合わせた目黒先生にお会いできた。
そこで先生から面白い話を聞いた(店内が賑わっていたので…というより、かなり五月蠅かったので店の外に出た)。
先日(三月)、ブックスキューブリックで翻訳家の柴田元幸氏のトークイベントに先生が出掛たときの話。
その日、柴田さんがもっとも影響を受けた本(翻訳)の話になって、それがブロンズ新社時代、目黒先生が出版した「パパ・ユーア クレイジー」なのだと言ったそうだ。これまでに柴田さんと先生とは面識はない。よもや「パパ」を作った本人が目の前にいるとは考えもしなかっただろう。柴田さんが驚き、感激されたのは言うまでもない。
そして、四月。村上春樹氏と柴田さんが「もう一度読みたい」という十個の作品を選んで新訳・復刊する新潮社の企画「村上翻訳堂」での第一弾リリースが、「パパ」の著者、W・サローヤンの「僕の名はアラム」だった。
そのことは最近、岡本さんにポストしているのを読んで知っていた(そんなエピソードが隠されていることを岡本さんが知ったら驚くだろうな)。目黒先生は「実は、柴田(さん)から献本された『僕の名はアラム』の後書きに、「パパ」のことが書いてあったんだ」と言った。そして「それをあなたにお伝えしなきゃいけないと、ずっと思ってたんだよ」と本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
さて、なぜ先生が僕にそのことを伝えたかったのか。
僕も二〇代に読んだ「パパ・ユーアクレイジー」に今もずっと影響を受け続けており、その作品に出会ってから二十七年を経たある日のこと。僕は意を決し、目黒先生にメールを送ったのだ。そして、初めて白金にある喫茶店でお会いしたのが約一年前。僕と先生は時空を超え、「パパ」によって繋がったのだ。そもそも先生が福岡にいること自体、奇跡的なことだけど、なんと僕の家のすぐ近くに住んでいたのだ。なんて不思議なご縁だろう。
※写真は上の内容とは全く関係ないんだけど、レセプションの帰りに千歌ちゃんと一緒に食べた「うどん大學」の黒豚うどん(七五〇円)。