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2016. 06. 23. Thu.

 

◎二日目(広島→蒜山→鳥取)
蒜山にはいつか必ず行くだろうと思っていた。それは、「思う」というより「思念」に近い感覚だった。そしてそれは僕が考えていたより存外早く実現した。
和泉ちゃんに鳥取に行く話をしたら「蒜山にも寄るといいよ。案外近いから」と聞いたので調べてみると、本当に近かった。
まずは前崎君に一言断っておこうと思い、彼に旅の計画を伝えると、「もともとご紹介したいと思っていたから嬉しいです」と言って「旅の日程が決まったら高谷さんに伝えますよ」と自ら連絡役を買って出てくれた。何と頼もしい助っ人だろう。
暫く経った頃、(前崎君を通じて)蒜山耕藝の高谷絵里香さんから連絡を戴いた。申し訳ないが(予定に入れていた)週末は農繁期のため、やむを得ないことだが「くど」を休むことにした。したがって食事は出来ないが、僕らに田圃や畑をご案内したい、とのこと。…「くど」で食事が出来ないのは残念だったけど、かわりに農場を案内してもらえるとは…。これは願ってもないことだった。

 

◎風景と音楽
少し話がそれてしまうが今回の旅の間、僕らは車でG・グールドの「ゴールドベルク変奏曲」(1981再録のもの)を聴いた。これは鹿児島の古川さんからプレゼントに頂戴したもので、青いクリアファイルにごっそりと入っていたCDの中で特に気に入っている。
主題となるアリアとそれに基づく30曲のバリエーションそれそれが、移りゆく車窓の豊かな自然の風景とよく合っている。一番のお気に入りは、最初の弱い音調のアリアとその後でパッと場面が切り替わるような第一変奏曲だ。それは、風に揺れる草であり、立ち並ぶ緑から見え隠れする陽光であり、静かに横たわる海の水面を僕に連想させる。
バッハが作曲したこの曲は不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のためにつくったとされているが、面白いのは僕の場合、逆に目が覚めてしまうということだ。

 

◎気候と風土
さて、蒜山の道を走しっていると千歌ちゃんが何やら面白い事に気がついた。それは道端に生える野草の高さのことで、九州のそれとは大分低いと言うのだ。…確かに言われてみればそうかもしれない。
絵里香さんに案内して貰った畑は特に顕著だった。雑草が殆ど生えていない。蒜山耕藝は無農薬無肥料の自然栽培を実践しているが、僕らがこれまで見てきた九州の畑とは比べものにならない。
記憶に新しいのは藤井さんの農場。作物と雑草との区別がほとんど付かない状態で、うっかりニラを踏んでしまっていたりする。「毎日ひたすら雑草との格闘」と言って藤井さんは四つん這いの体勢で草を抜く仕草を見せてくれたほどだ。これは土の違いだろうか? でも、藤井さんは自分の畑は土に恵まれたと仰っていたし、或いは、気候や風土によって雑草の生育に違いがあるのか。絵里香さんに聞くと、大体、雑草はこの程度だと言う。本州の畑や田圃に明るい訳ではないが自然栽培に適した風土…それが僕らが感じた蒜山へのファーストインプレッションだ。今度はもっと時間をかけて気候風土と自然栽培との関わりやその影響について取材してみたい。
蒜山耕藝の農場見学から、あらためてフィールドワークをすることの重要性を実感した。PERMANENTでやってきたことはまさに自分の足で得た情報をどう咀嚼するかという経験だった。即ち、全身の感覚を総動員させ、生の情報をいかに自分なりに咀嚼するかで、目の前の現実とどう向き合うかが決まるのだ。
鳥取に繋がる道まで、僕らの前を絵里香さんは軽トラで先導してくれた。やがてT字路に差し掛かるとハザードが点滅した。左へ曲がれの合図だ。そしてそれが彼女からの見送りの挨拶だった。(つづく)

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