

9月8日(木)快晴
実はルーブル美術館に行くのは内心不安だった。
それはパリに着いた翌日、ノートルダムまで歩いたときから感じていたことだったのだが、セーヌ川沿いにルーブルの外観を見て「でかいな。無理かも」と思っていた。それに、昨日、3つの美術館を回ってクタクタだったのに、ルーブルに行ったらどうなってしまうんだろう、とつまらないことを考えていたのだ。
ナポレオン広場に着くと、やっぱり圧倒された。メインエントランスであるルーブル・ピラミッドに並んで、例の如く荷物検査。館内の案内表示でようやく日本語を見ることができた。実を言うと、ロダンにもピカソにもポンピドゥーにも日本語の案内表示はない。アジア圏では唯一「中文」と書かれた中国語のみ。パリを訪れる日本人観光客は多いはずだけど、でも逆に、日本でフランス語訳の案内表示を見かけたことはないからお互い様か。しかしパンフレットのフォントがいびつなお蔭で中国語にしか見えない 笑
それからオーディオガイドを借りるために二階の受付に並んだが、結局、オーディオガイドの操作が良く分からなかったし(Nintendo 3DS)、それに気を取られてしまって、肝心の作品に集中出来ないので早々に使うのを止めた。








ルーブルの長い回廊を歩きながら、僕は少し複雑な思いを抱いていた。無論、圧倒的な量のコレクションについては素直に感動したし、本当に素晴らしいと思う。だけれども、古代エジプト美術を眺めながら特に感じたことがある。これを観たエジプト人はどんな気持ちになるのかな、と。10点、20点という規模ならともかく、何千、何万もの数の作品がフランスの宮殿であった美術館に展示されているのは、どんな気持ちなんだろう。
日本で言えば、北斎や伊藤若冲の殆どの作品が海外に流出しているのと同じだ。もっと言えば、僕が幼い頃に写った家族写真を、全くゆかりのない人物が「コレクション」として所蔵していたとしたらどうだろう。僕の名前の入った母子手帳を隣のおばさんが「趣味」として持っていたらどんな気持ちになるだろう。考えすぎだろうか。



ルーブルを駆け足で回った後、カルーゼル庭園にあったPAULでとりあえずランチをとることにした。ローストしたチキンをサンドしたものとピザパンを千歌ちゃんと半分こした。(これも例によって量が多い)それから、ルーブル美術館のエリア内に併設しているパリ装飾芸術美術館に入った。 さてさて。これ以上はアートが頭に入ってこない。飽和状態である。しばらくアートのない世界にいたいと本気で思ったほどだった。
また、大量の作品を一度に観るのではなくて、僕はやはり〝企画〟としてのエキシビションが好きだ。馴染みのある作品が、学芸員のコンセプトや切り口ひとつで違った印象に変わるような編集と展示方法に興味がある。無数に吊された牛肉の塊より、調理され、盛り付けられた一枚の皿を眺める方が楽しい。
16時頃、アトリエに戻って夕方から開かれる「凪」展のベルニサージュ(レセプション)に備えて、少し部屋で身体を休めることにした。お腹の具合は、昨日、史絵さんから頂いたビオフェルミンのお蔭で、大分、落ち着いてはいたけど、本調子とは言えない。
ドレスコードは「SARAXJIJI」。皆、野田さんの服を着て華やいでいた。パリは寒いと予想していたけれど、お気に入りのオックスフォードリネンコートを着るには、ちょっと暑い。僕は着心地のいい紺のTシャツと白のサルエルパンツ、派手な黄色のソックスに黒のDANSKOを履いた。(つづく)